シンガポールに行く
息子と作品(ザ リッツカルトンホテル東京厨房)
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平成22年6月1日午後6時成田から日本から旅立ち香港にの先輩、ロブションのチーフ
を尋ね一泊=励まされたのだろう(夜中の12時香港着いたとの落ち着いたTELあり)
2日午後12時シンガポールに向かい3時間あまりのフライトのようだが午後7時無事
ついたとの電話弾む声で=暑いと あったので一安心だがまだまだ心配は続きます
経歴
京王プラザホテル新宿
ザ東京プリンスパークタワーホテル(オープニングスタッフ)
ザ リッツカルトンホテル東京 (オープニングスタッフ)
ザ ランドマークマンダリンオリエンタルホテル香港出向(チーフ)
ザ リッツカルトンホテル東京、復職
第4回「ワイルドブルーベリー レシピコンテスト」入賞
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2007年10月16日開催されたコンテスト
入賞レシピ
シンガポールに着任して一ヶ月TELは2回だけだが環境には少し適用しただろうか・・・・・・・
7月12日より3日、日本へ研修のため戻ってくるとのことだが金沢による時間はないとのこと
国内だからTELで詳しくシンガポールでの仕事、生活などを聞くのを楽しみに今からしている
7月4日 ようやく現地で携帯電話を手にしたようで夕刻の6:00少し前に元気な声でTELがある
親としてはどこにいてもしっかり働いていることが一番安心感を持ちますでアンドしています。
7月7日の午前中、シンガポールでの携帯電話契約ができたからとTELようやく連絡ができる
用になってこれも一安心バンコク・ウアンアイからの発信、まだ住まいのアドレスは連絡がない
12日から15日まで大阪での研修のため帰国するが金沢に帰っている暇はないようだが日本
帰国するのは親ばかだが楽しみですね、息子の頼みはホテルまで****を送れでも母親は嬉し
そうに注文の品々をそろえているのを見ているのも楽しいものですね、天満橋東横イン宛に・・
12日、大阪に着いたとの連絡ありその後シンガポールに帰る16日の午前10時まで連絡なし
大阪には息子の幼なじみもいるのだが会ううこともで出来なかったようだハードな日程だったの
かな11時の飛行機で帰っていた、20:30住まい(マンション)についたとの連絡あり安堵した。
TELの回数が以前より多くなっている、仕事、現地に慣れてきたのだろう、仕事とも順調そう
9月に入り3ヶ月が経ちましたが画像が一枚も届かなく雰囲気がいっこうにわからない・・・
下旬にF1を見ていると興奮気味に兄の方に携帯があり今日本人のドライバーの車がクラッ
シュした目の前ですごい迫力感が伝わってくるとのこと、来年は兄貴も見に来いの誘いがある
10月にも大阪に来て兄、幼なじみと短い時間の再会をし楽しんだ様子、そのとき幼なじみに
ある女性を紹介し交際がその後始まり続いているようで幼なじみの母親がお礼にと柿をもっ
て来てくれた、最終ゴールまでいってくれればいいなと祈念しつつ我が息子たちは話もない・・
10月がオープン時いていたが随分ずれ込んで12月1日オープンと決まり今際大変な思いを
しているのだろう、産みの苦しみの後には沢山の明るい笑顔が待っている事を信じて頑張る
と励ますが心配は尽きませんがtelの声は明るく弾んでいるので祈るしかない・・・・・・・・・・・・・
Bekery PD Chef の肩書きらしい
初めて航空貨物便を使うので郵政の本局に行き手続きをするがこれまたすべてがアルファベ
ットで何十年かぶりなので忘れたスペルもあり大慌てでようやく受け付けてもらい本当に届くの
かと心配していると約3日程度で荷物が着いてとの連絡ホットして家内と苦笑い(^_^;)(^_^)(^o^)
11月23日今回は2度目の航空便、もたつきながらもOK、やはり3日後ついたとのTEL安堵
12月15日待望のオープンです上々の滑り出しのようです2日目は予想以上の売り上げとか
2011年に引き継ぎます
2011年が明けました営業の方は順調とのことで早くも2店舗目の開店の話が出ている・・・
3月2日から9日間日本に役員と出張りとのことだが金沢に帰る時間は無いそうで東京、札幌
で次の人材の面接と食材選びが目的のようです。100店舗を目標にして「そんな沢山管理
出来か」・・・本人談ですがやってみると以外と上手くできたりするのですね、振り返ると・・・・
テイクアウトのパッケージ
グリーンパープキン(緑のかカボチャ)屋号
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